くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

私のせいですか

(今日はくまのお母さんはいません。)

TBS系ドラマ「コウノドリ」の10日放送分は、切迫早産に見舞われ子供を死産してしまう内容でした。

私はテレビは見ていませんが、Yahoo!映像トピックスで5分にまとめた動画を見ました。

我が子が亡くなると

「私のせいですか?」

と思ってしまうんだなぁと。

予測不可能なことは、世の中にはたくさんあって、何も我が子が亡くならなくてもいいのにって親は思うのがきっと普通なんだと思います。

 

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飯田史彦先生の講演

(今日はくまのお母さんはいません。)

昨日の飯田史彦先生の講演を聞きに行ってきました。

定員200名に230名の参加だったらしいです。

メンタルケアやスピリチュアルとは無縁の団体主催の講演でしたが、一般参加の告知が出たので、飯田先生のお話を聞きたい一般の人も結構いたようです。

大体は著書や他の講演でお話しされていることと基本は変わりないようでした。

「悲観主義の思考方式」というお話では、潜在意識で「自分は価値のない人間だ」となってる人は、悪いことがあれば永続的だと考えるのだそうです。

そして、いいことは一時的と考えるそうです。

また、悪いことは自分のせいと考え、いいことは運のせいにするそうです。

えーっと思ったのが、

◎人生は思い通りにならないからこそ価値がある。

×人生は思い通りになればなるほど価値がある。

というものです。

どんな気持ちで乗り越えるかが大事で、思い通りにならないことに価値を見出せたら、うつにはならないとおっしゃっていました。

まぁ、それができれば苦労はしないという方が多いと思いますが、自分の思い込みのクセを気づいた時に修正することを繰り返していくと、元気になれるのかなぁと思いました。

自死遺族の支援をされている田中幸子さんとは、私はお目にかかってお話ししたこともありますし、田中さんの講演も何度か聞いています。

田中さんは自死遺族には元気でいてほしいとおっしゃいます。

悲しいのに元気になれるのかと思うかもしれませんが、元気になる方法は、実はあるんだということを飯田先生のお話から学びました。

思い通りにならないことだらけの人生を送っている私ですが、時々、思い通りになることというか「こうだったらいいな」が叶っています。

悪いことを広げてしまわないようにということを飯田先生はおっしゃいました。

息子が亡くなったのは人生最大の悲しい出来事ですが、そのために私の人生は闇の中だという思い込みは持ちたくないと思います。

それとこれとは話が別なのだときちんと分けて考えたいです。

 

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飯田史彦先生

(今日はくまのお母さんはいません。)

なんと!

「生きがいの創造」の著者である飯田史彦先生が当地で講演をなさいます。

京都へ行かなければ飯田先生のお話は聞かれないのかなと思っていたので、うれしいです。

それも知ったのが先週の金曜日で、申し込みしたのがたった今です。(笑)

講演内容はご専門の経営学に関することではありますが、それでも何かしら私にとってのヒントになるようなことがあればと思いますし、飯田先生の人となりにも触れることができるのではと思います。

楽しみです。

 

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大学のFacebookページ

くまのお母さんは、坊やの大学のFacebookページがタイムラインに出てきたので、きれいな紅葉の写真に思わずクリックしていました。

くまのお母さんは坊やの大学に何度か訪れましたが、紅葉が一番きれいな季節には訪れていなかったなぁと思いました。

坊やはこの大学で4度目の秋まで過ごしていたんだな。

4度目の秋の風景は坊やには何のなぐさめにもならなかったのでしょうか。

それとも自然の力では癒されなかったのでしょうか。

坊やはつらすぎて大学の親しい先輩方に本当にギリギリまで相談していましたが、坊やは救われなかったのでしょうか。

それよりもっとショックな出来事が引き金を引いてしまったのでしょうか。

それがなければ坊やはここ(現世)にいたのでしょうか。

くまのお母さんは坊やの大学のFacebookページをフォローしようかなと思いましたが、やめました。

ホームカミングデーの投稿など見ると、坊やはホームカミングデーには行かれないんだものと思って悲しくなったからです。

坊やの大学は本当にいい大学だったと今でもくまのお母さんは思っています。

くまのお母さんが中学時代に憧れた大学だからということを割り引いてもです。

坊やが亡くなった時、学長先生名義でお悔やみのお手紙をいただいたことも嬉しかったのです。

願わくば、坊やのお友だちや先輩には、坊やの命日にこちらへ来なかったとしても、思い出してもらえたらくまのお母さんはうれしいです。

 

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幸せな人が考えること

(今日はくまのお母さんはいません。)

SNSでこんな投稿を見ました。

座間の事件で、ネットが悪いっていう人いるけど、そうじゃないよね。

結局、何があっても自殺しないっていう「生き抜く力」を身につけることなんだと思う。

やっぱり教育なのかなあ。親だけじゃなくて、大人全体の。

 はいはい。

我が子はそんなことしないって思っているから、そういう発信できますね。

自死した若者の親だって、我が子が生きていた時はそう思う人も多かったと思うんです。

<この投稿をした人へ言いたいこと>

生き抜く力って何さ?

具体的に述べてほしいわ。

そういうことを親がコントロールできるとか思い上がりもいいところだな。

何もわかっちゃいないのねということが、よくわかりましたよ。

あなたも体験してみなさい。

我が子が自死するとはどういうことか。

ご自分はそういうことしないような教育しているから関係ございませんか?

 

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同窓会通信

くまのお母さんは、坊やの出身高校のホームページを久しぶりに見ていました。

同窓会のページを見ると、直近の同窓会通信が載っていて

「訃報欄に掲載の昭和◯◯年卒 ◯◯様、◯△様はご存命ですので訂正いたします。」

と書いてあり、その号の訃報欄を見るとちゃんと坊やの名前も載っていました。

くまのお母さんが同窓会事務局に連絡したからなんですが、多分。

そして今気がついたのですが、くまのお母さんの前の前の職場の若い社員さんも同じ訃報欄に載っていたのでした。

忘れていただけかな。

そうか、彼は坊やの先輩だったんですね。

くまのお母さんは彼も自死だったんじゃないかなと思っているんですけれど。

それにしてもご存命の方を亡くなったことにするって、どうしてそうなるんでしょうね。

遺族以外からの情報を元に掲載するんでしょうか。

ないわーって感じです。

 

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iPhoneのメモリー

くまのお母さんのiPhoneの通知音がしたので、何かな?と思って手に取ると、メモリーが作成されたという通知でした。

新しい機能なのかな?

くまのお母さんはiPhoneを使いこなせていないので、よくわかりません。

モリーって何?って思って写真を開くと、坊やの写真がいっぱいセレクトされていました。

なんで???ってくまのお母さんは思いました。

なんで今のタイミングで坊やの写真のコレクションが自動で作成されるのか。

日付と写真を見て、思い出しましたよ。

坊やが亡くなったと都会の警察から真夜中に電話が来て、朝になってくまのお母さんは都会に行って、坊やのスマホを手にしたのでした。

坊やは生前、SNSでくまのお母さんと繋がることをイヤがっていましたが、坊やのスマホを使って、やっと繋がりました。

坊やのお友だちのSNSにアップされた写真に、楽しそうな坊やがたくさん写っていたので片っ端から画像をくまのお母さんのiPhoneに保存していったのでした。

坊やの大学生活は楽しいこともたくさんあったことを忘れません。

つらいことも悲しいこともうれしいこともすべてが思い出です。

「写真 App がライブラリの中から、きっと忘れたくない人や場所、休暇などを自動で見つけ出し、厳選したコレクションという形で見せてくれます。これが、「メモリー」です。」

Appleサポートに書いてありました。

きっと忘れたくない人か。

ありがとうiPhone

 

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