就活うつ
坊やが亡くなったのは大学4年のときでした。
最近、就活うつということを知り、坊やもまさにそれだったかと改めて納得しているくまのお母さんです。
就活もうまくいってませんでしたけれど、卒論も完璧を目指すがためにうまく行かなかった様子でした。
それに、くまのお父さんの余計な過干渉…
メンタルクリニックにも通い、大学の先輩にも相談していました。
先輩や先生は坊やに実家に帰って休養することをすすめたようですが、坊やはそんな話をくまのお母さんにしたことはありませんでした。
坊やは実家に帰省すると、何ていうのか不安定になるような話をしていたことはあり、何故なんだろうとくまのお母さんは不思議に思ったものでした。
今更ながら、坊やの繊細さに丁寧に付き合ってあげられなかったのかもしれないと思うのです。
10年後
10回目の命日
今日は坊やの命日です。
坊やの先輩が最後にお墓参りに来てくれたのは何年前だったかな。
たまに思い出してくれるだけで供養になると思うので構いません。
くまのお父さんは今年も坊やのお墓参りに来たようです。
お墓に必ず何かを置いていくのです。
去年の坊やの命日にくまのお父さんにメールをしたら、届きませんでした。
解約したんでしょうね。
電話をすると留守電になったのでメッセージ入れましたが…
できるだけ連絡は取りたくないので必要最低限です。
今日は坊やがヤフオクで買ったロシア製のカメラを買取業者に出してきました。
1,000円だったけど。
何でもかんでも取っておいても、くまのお母さんが家で生活できなくなった時のことを考えると、しばらく放置していた片付けをやらなくてはと思います。
坊やの思い出はくまのお母さんが誰かと共有することは、ほとんどないのだろうから。
くまのお母さんが嫌いな言葉
嫌いな言葉というと語弊があるのかも知れません。
使いたくないというか、くまのお母さんの気持に馴染まないというか…
そういう感じがする居心地がよくないフレーズです。
心のケア
命を大切に
寄り添い
とりあえず思い浮かぶのはこれくらいです。
もっとあると思いますが。
困難な状況にある人、辛い気持を抱えている人などに対して、そういう立場にない人の目線で使う言葉かなと思います。
分かち合う立場にない人が使う言葉に違和感を感じるのかも知れません。
だから、くまのお母さんは募金というのがあまり好きではありません。
ただ、阪神大震災の後は赤ん坊だった坊やをおんぶして、歩いて行けたNHKに募金をしに行きましたっけ。
それだけ衝撃的だったのでした。
東日本大震災の後はくまのお母さんは仕事で被災地に行くことが多かったし、職場で募金もあったかも知れません。
なんかねー、「あまちゃん」のドラマで「わがるやつだけわがればいい。」って台詞がありました。(濁点がついているのは訛っているからです。)
それです。
わからない人に無理してわかってもらわなくてもいいかなって思います。
わかったふりをされるのは最悪です。
久しぶりに
生活に追われて(?)、ブログを書いていませんでした。
坊やが亡くなって9年が過ぎて、くまのお母さんは年老いてきました。
あと10年もしたら、もっと年老いてくるわけで。
だんだん人生の先が見えてきたかも知れない感じになっています。
今頃の70代80代の皆さまはお元気な方が多いように見受けられるのですが、私もそんな風に元気でいられるのだろうかと思ったりします。
田中幸子さんのつながりでお世話になったことがある佐藤さんが亡くなったことを今頃になって知りました。
ある時期からSNSやブログなどの更新が止まってしまい、何かあったかな、と思っていたのですが。
親の介護で余裕がなかった頃は、自死遺族のコミュニティとは疎遠になっていました。
今日は久しぶりにこのブログを初めから読み返してみました。
2024年
ほぼ1人暮らしのくまのお母さんです。
くまのおばあちゃんは入院していくつかの病院を経て、年が明けて間もなく亡くなりました。
坊やが亡くなったときとは感覚が違いました。
くまのおばあちゃんは高齢だったし、認知症で在宅介護をしていた頃は、とてもとても大変でした。
大きな病気はしなかったので、くまのおばあちゃんが亡くなってもそれは大変な長寿であることは間違いなく、人が年老いて亡くなる自然のままだったように思います。
正直なところ、もうくまのおばあちゃんの介護の苦労はしなくていいことにホッとしました。
延命治療をしてできるだけ長生きさせるのは、しっくりきませんでしたし、最後に入院したのは療養型の病院で、看取りに向かっていましたので。
くまのおじいちゃんは介護老人保健施設(老健)への長期入所と短期入所を繰り返しながら過ごすことになりそうです。
くまのおじいちゃんも認知症のようですが、くまのおばあちゃんみたいな周辺症状で困ることはないので楽です。
くまのお母さんも歳をとってきたので、これからは死ぬための準備を少しずつ始めなくてはならないかと思っています。
不用品も少しずつ普段のゴミ収集日に出しています。
今日はNHK土曜ドラマ「お別れホスピタル」の最終回ですが、このドラマにはまっています。
登場人物が自死したり、療養病棟で亡くなったりとわかるなーっていう場面が多くて、くまのお母さんは「これからどうしよう」と考えるのです。
年老いてきた
くまのおじいちゃんとくまのおばあちゃんは入院してしまいました。
前回のブログでは、2人とも家でとりあえず元気に過ごしていたのですが、くまのおじいちゃんは草取りをしたら腰を痛めて起きられなくなり入院。
くまのおばあちゃんは認知症なのでくまのおじいちゃんが入院して家にいなくなると、認知症の周辺症状がひどくなって、介護施設でも受け入れてもらいにくくなり、薬の調整目的で入院。
くまのお母さんは、いきなりやってきた何十年かぶりの一人暮らしにとまどったり喜んだり、入院費を考えては不安になったり。
くまのおじいちゃんとくまのおばあちゃんの介護のために、まともに働けないでいたくまのお母さんは、少しでもお金になることをと考えて、坊やのギターを買取店に持って行きました。
型が古いからとあまりいい値段では売れませんでしたが、家に置いておくよりはよかったです。
BOSEのスピーカーやゲーム機などまだ売れそうなものがあるので、くまのお母さんが1人で自由に動けるうちに売りに行きたいと思います。
坊やが小学生か中学生の頃、家庭科の授業で作ったエプロンは洗濯してくまのお母さんが使おうと思います。
手放すものと使うもの、坊やのものを全部残しておいてもくまのお母さんが死んだら処分するしかないので、くまのお母さんが使うことで生かしていこうと思います。
売れるものは売って現金に換えたら、くまのお母さんの生きる糧になります。
今年の秋のお彼岸も暑い暑いと思っているうちに過ぎました。
くまのおじいちゃんもくまのおばあちゃんも入院していたので、くまのお母さんは1人で坊やのお墓参りに行きました。
今回はお墓にお花が供えてなかったなぁ。
最近、お墓参りに行くとお花が供えてあったので誰がきてくれるんだろうと思っていたのですが。