読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

特別学位記

(今日はくまのお母さんはいません。)

熊本地震で亡くなった大学生に特別学位記が送られたとのこと。

中学生で自死した生徒にも番号がない卒業証書が送られたというニュースを目にします。

卒業って一つの区切りにもなるわけですが、息子は大学4年で亡くなったけれど、特別学位記授与とかいう話はありませんでした。

学長からお悔やみの手紙をいただきましたが、普段もそういう対応をしているのでしょうか。

ちょうど、軽井沢スキーバス転落事故もあり、息子の大学の学生さんも亡くなったので、一緒に対応したのかなと思ったりもします。

病気で亡くなった学生に特別学位記を授与したりするでしょうか。

ケースバイケースかもしれませんが、どうなっているのだろうと考えます。

親にしてみれば我が子を亡くした悲しみというのは変わりないものだと思います。

どんな理由であっても我が子がいなくなった事実が確かなことです。

息子の場合は卒業アルバムの個人写真を撮影していて、大学生協からそのことを教えてもらい、卒業アルバムを購入できました。

形が残ることって、遺族にとっては大切なことだなと思います。

www.huffingtonpost.jp

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

カミングアウト

くまのお母さんは、あるところで昔の職場の上司に会いました。

その方は何年か前に定年退職されましたが、まだ仕送りが必要なお子さんがいるのだとか。

その流れで坊やにも一度会ったことがある昔の上司は、くまのお母さんに坊やがどうしてるかを聞いてきました。

亡くなりましたと答えると「ごめんね。」と昔の上司は謝りました。

もう、そういうやり取りはこれから避けることはできないので、仕方ないと思いますが、くまのお母さん自ら坊やが亡くなったことを言うのは、なかなか難しいなと思います。

そして、SNSで知ったお茶会にも興味が湧いて参加してみました。

妊婦さんやママさんの集まりだったので、つい、くまのお母さんも坊やの出産体験などをチラッとしゃべってしまいましたので、ここでも坊やは亡くなったということをカミングアウトする羽目になりました…

くまのお母さんの以前の同僚で、家族の話を一切しない方がいました。

(ご主人と娘さんが二人いるんですが)

そこまで割り切れればいいんですが、自己開示も必要な時があるよねってくまのお母さんは思います。

話したくないときは話さない、話してみたいときは話す。

その後の自分の気持ちは必要ならコントロールしていけばいいのでしょう。

坊やが存在していたことを知っていてほしい、覚えておいてほしいとくまのお母さんは思うのです。

二十歳の原点」の本をくまのお母さんの同級生のたぬきさんが働く部署へ寄贈しました。

大学生が多く訪れるところなので、誰かに読んでほしいなと思うのです。

二十歳の原点」の著者に坊やと似たような雰囲気を感じるくまのお母さんとしては、たぬきさんにもくまのお母さんが言いにくい思いをそれとなく汲んでほしいなと思ったりもするのです。

くまのお母さんが学生時代に愛読していたと言うと、たぬきさんは

「へー、イメージと違うねぇ。」

と言い

「読んでみてから図書コーナーに置かせてもらうね。」

と言いました。

今月末で退職するくまのお母さんの置き土産です。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

卒業式

くまのお母さんの地元の国立大学では今日が卒業式でした。

晴れ着を着てキャンパスを歩く学生の姿を見て、坊やも大学を卒業できたらよかったのになとくまのお母さんは思いました。

坊やのスマホをいじっていたら、ホットメールの受信ボックスが開けるようになりました。

ホットメールは坊やが好きな店のメルマガなどの受信に使っていたみたいで、坊やが好きだった店にいつか行きたいなと思いました。

寂しくても悲しくても今日は春の雪が降ります。

カフェオーナーの白鳥さんにパーティーへのお誘いをいただいたのですが、なんだか行く気になれませんでした。

係長は、自死した社員さんの労災関係のあれこれで疲れ切っていました。

大丈夫かな…

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

二十歳の原点、ふたたび

(今日はくまのお母さんはいません。)

1年以上前の日記にも書きましたが、高野悦子の「二十歳の原点」は私の好きな本でもありました。

そして、彼女が通った京都の大学にも憧れましたが、私立文系の大学など我が家ではまず経済的に進学先の選択肢にはありませんでした。

学歴コンプレックスを自称する私は、私の能力では進学不可能な大学の学生と仲良くなることがとても嬉しかったです。

昔はインターネットもなかったけど、自分の生活圏外の人と親しくなる術というものはあったわけです。

そして、息子の父親と結婚した理由の一つが、高野悦子と同じ大学の出身だったからで、あまりにも安易でした。

二十歳の原点」が好きなのは、自分が死にたくなるほど悩んだからではありません。

どんなときも私は死ぬという選択肢を持ったことはありません。

ただ、割とひとりぼっちで過ごすことは多かったのだと思います。

息子が生まれて育てて進学先を考えたとき、親より優秀だということが不思議であり誇らしくもあり、何より私の学歴コンプレックスを一掃させたのでした。

私が憧れたあんな大学にもこんな大学にも息子は合格してしまって、ただただ感心するしかありませんでした。

息子が死に至ったのは、家庭環境の影響が根深いからだと私は思っていて、高野悦子とはそこが明らかに違うのだろうと思っています。

でも死に至る経緯が所々、似通っているようにも思い、息子に「二十歳の原点」を読ませたかったなぁと思います。

死にたいと思っていても、どこかに生きる希望を見いだすことができれば。

親や周りの人が悲しむから死なないでというのは、死にたい人には響かないんじゃないかと思います。

悲しむかどうかなんて、死んでみないとわからないじゃないですか。

私はそう考えます。

 

bh.pid.nhk.or.jp

 

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

悲嘆体験

(今日はくまのお母さんはいません。)

原発事故の災害関連体験によるメンタルヘルスの不調の研究があるそうです。

色々ありますが、とりわけ腑に落ちたのが

「悲嘆体験」といった悲しみの感情はずっと引きずることが示されている。

ということです。

悲しみの感情を持ちながらでも毎日の生活を送ることができれば、それでいいのではないかと思っています。

悲しみを頑張って軽くする必要があるでしょうか。

感情の揺らぎは自然に任せて、日常生活をいつもと同じように過ごすことに気を遣うことが大切だと思います。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

春彼岸

坊やのお墓は、くまのお母さんの住む町の隣の地区にあるので、お墓参りに行こうと思えば、いつでも行けます。

お墓のそばのスーパーには毎週買い物に行くのですが、買い物に合わせてお墓参りをしたことはありません。

毎朝、家の仏壇にお水とご飯をお供えしているのでいいかなぁと思います。

お墓参りするなら、お花とお水とお線香とろうそくとライターとお供えものを持っていかなくてはと思うので、ものぐさなくまのお母さんはお墓のそばを通る時、心の中で手を合わせるのみです。

今日はお昼頃にくまのおじいちゃんとくまのおばあちゃんと一緒にお墓参りに行きました。

くまのお母さんにとって、お墓参りは行事の一つかなぁという感じです。

坊やが生きていれば、就職して1年過ぎようとする頃で、どんな風になってたかなぁと思います。

「仕事はどう?ちゃんと食べてちゃんと寝てね。」

なんて電話をかけていたはずです。

奨学金の返済がきついから坊やがくまのお母さんに泣きついていたかもしれません。

今年の始めにお嬢さんを亡くしたくまの母さんの同級生のとらくんが、久しぶりにSNSにいつもの楽しそうな投稿をしていました。

悲しみは悲しみのままで、生きていればいいのだと思います。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

7回忌

あの大津波から6年。

7回忌なんだなーと感慨にふけるくまのお母さんです。

6年間は長くて短かった。

くまのお母さんは直接の被災者ではありませんが、仕事で何度も被災地へ行きました。

あの頃は、大切な人を亡くしたご遺族の深い悲しみや辛さや悔しさは、くまのお母さんにとって他人事でした。

寄り添うってどういうことだろうと自問自答しながら過ごしていました。

被災地で支援をしている方で自死された方もいらっしゃいました。

どんなときも、どうしてあの人が亡くなってしまうのかという思いを常にくまのお母さんは抱いていました。

そして、まさかの坊やが亡くなってしまうことは想定外でしかありませんでした。

今朝、震災関連のテレビを眺めていて、津波で亡くなった方のご遺族の一言一言が、本当に心に刺さるというか、我が事のように感じます。

津波で亡くなった方と自死した方の違いは、死にたいと思ったか思わないかだけだと思いますが、自死は死ぬことを選択したということとは違うと思います。

死にたいと思いながらでも生きていればと思うのです。

生きたいけれど死ぬしかないと思わされてしまうのではないでしょうか。

生きていればいいことがあるとは限らないけれど、それでも生きていたいと思うくまのお母さんです。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村