くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

坊やの先輩の想い

坊やが亡くなった時、Facebookに葬儀等の日程を書きました。

それは坊やのためというより、くまのお母さんのためにやったことです。

たくさんの坊やの同級生や先輩が焼香に来てくださいました。

お花も供えていただきました。

くまのお母さんの友だちや仕事仲間や知人などFacebookでつながっている方もたくさん来てくださいました。

すごく心強かったです。

ただ、くまのお母さんとよくしゃべっていた知人で坊やが亡くなったことについて何の反応もせず、くまのお母さんに会っても、坊やのことについて一切触れない方が何人かいます。

知っててお悔やみの言葉一つも言えないのは何なんだろうなと思いますが、いちいち気にしていたら身が持ちません。

そういう人なんだなと思うようにしています。

さて、お悔やみに来てくださった坊やの高校の先輩が、最近報道されている高校生の自死事案についてFacebookに書かれていて、こみ上げるものがありました。

坊やが自死で亡くなったとは先輩には言っていません。

何となく察していたかもしれないですが。

ありがたいことです。

 

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若者が命を落とす原因

(今日はくまのお母さんはいません。) 

http://sharetube.jp/article/5621/sharetube.jp

「先進国でも日本だけ!?若者が命を落とす原因No.1は」

2015年の若者の死因は諸外国に比べて自殺が多いそうなのです。

息子も2015年に亡くなったのでその中の1人なんだなーと思って読みました。

就職の失敗を理由にした大学生の自殺は2015年は減少したといいます。

息子は契約社員でしたが内定が決まっていたので、就職の失敗には該当しないでしょうか。

統計上の自殺の理由は息子の場合なんだったのかわかりません。

バッグの中にクリニックで処方された薬が残っていたので、精神疾患が死因となったのかもしれません。

でも息子は自分の希望する企業に正社員で採用されたかったのです。

他に道はあると頭では理解できても気持ちが伴わなかったような気がします。

認知行動療法もすすめたのですが、うまくいかなかったようです。

父親との関係に問題がなければ、就活がうまくいかなかったとしても生きる望みはあったと思っています。

原因は複合的です。

一つだけではなくて、いろんな状況が重なってしまうのです。

ただ「死にたい」は「生きたい」と同じ意味だと思います。

死にたいと思わない場合は、わざわざ「生きたい」と思わないですもの。

 

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ひこうき雲

くまのお母さんは、「松任谷由実 TIME MACHINE TOUR Traveling through 45years」を見に行ってきました。

坊やとユーミンの曲を共有したことはないのですが、阪神大震災のあった年、NHKの朝ドラが「春よ、来い」でその主題歌をユーミンが歌っていました。

当時、坊やは1歳でくまのお母さんは結構育てにくいなーと思いながら、子育てしていまして。

あるとき、坊やのご機嫌が悪いときに泣き止ませる方法を発見しまして。

それはユーミンの「春よ、来い」を聴かせることだったのです。

朝ドラのオープニングが始まると坊やはテレビにかじりついていました。

テレビから流れる曲でなくてもCDでも泣き止んだので。

これは坊やの心に響く何者かがある曲なんだとくまのお母さんは感動したものです。

大きくなった坊やにこの話をしましたら、「えー」とか言って機嫌よくはならなかったのですが。(苦笑)

東日本大震災を経験してからは「春よ、来い」を聴くと励まされるというか泣きそうになったものです。

ユーミンのコンサートでは、「春よ、来い」をはじめ、くまのお母さんの思い出の鍵を開けるような曲を聴けました。

ひこうき雲」という曲は、くまのお母さんの思い出の曲ではありませんが、坊やが亡くなってから「ひこうき雲」が作られた経緯を知り、まるで坊やへのレクイエムのように思えました。

ユーミンの近所で高校生の飛び降り心中があったそうで、その事件とユーミンの同級生が難病で高校生の頃に亡くなったことをモチーフに作られた曲だというのを知って、若くして亡くなった魂を慰める曲なのだろうなと解釈することにしました。

さて、秋のお彼岸。

坊やのお墓参りをしてきました。

次のお墓参りは坊やの命日になるのかな。

 

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買い物

(今日はくまのお母さんはいません。)

自死遺族の方で、買い物に行って知り合いに会うのが辛いとかいう方は多いですね。

それと夫婦連れ、親子連れの人たちを見るのが辛いと。

買い物を気晴らしにできるようになるには、ハードルが高いということを当事者でなければ気づけないのかもしれませんね。

年月が経ったから平気になるとかいう性質のものではないですね。

時薬は万能みたいに思わない方がいいと思います。

 

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何を分かち合うのか

自死遺族と一口に言っても、同じではないとくまのお母さんは思います。

夫を亡くした妻と言っても、子どもがいるかいないかでいろんなことが違ってきます。

共通点は自死遺族であること。

これだけでどれだけの分かち合いができるのでしょう。

同じ立場の人と分かち合いたいと思ってしまうのは仕方ないのではないでしょうか。

子どもを亡くした親と言っても、父親か母親かで反応が違う気がします。

それなのに自死遺族でない支援者がグループに入るということはどういうことか。

話を聞くしかできないでしょ?って感じですかね。

話を聞いてどうするの?

心が楽になる前に、生活の困りごとを解決するだけで勝手に心は楽になるのではないですか。

心は後からついてくるものだとくまのお母さんは思います。

 

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