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くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

尼崎JR脱線事故から12年

(今日はくまのお母さんはいません。)

尼崎JR脱線事故でお子さんを亡くした親御さんがたくさんいらっしゃいます。

我が子を亡くした親の悲しみは、我が子の未来が閉ざされたことできっと共有する思いがあると思います。

尼崎JR脱線事故で娘さんを亡くした方で、3年経って体調を崩したという方もいるのをネットのニュース記事で読み、自死遺族に限らず遺族の思いや感情の繊細さに共感します。

今朝のNHKニュースで、当時、大学生の男性が事故で負傷し、一命を取り留め、今は作業療法士として頑張っている様子が映りました。

一方、やはり事故の生存者で当時大学生の男性でPTSDになり、事故から3年半後に自死した方もいます。

JR西日本はその自死遺族への支援もしていたとのことですが、支援を打ち切ることにしたのは、生存者ならば亡くなった人たちの分も頑張るべきだという意味があるのだろうかと思います。

事故で直接亡くなった遺族にとっては、いろいろやりきれない思いがあるのかもしれませんが、悲しみは自分だけのものであり、人と比べることができないはずです。

人と比べることが差別という言葉を生むと思います。

いろいろ考えさせられる事故です。

 

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最後に過ごした場所

くまのお母さんは、都会に行って来ました。

なかなか思うように移動ができなくて神社には行く余裕がありませんでした。

坊やがアルバイトしていた会社のある街にも行きかねました。

桜の季節は終わってしまったかしらと思っていましたが、散り始めの桜を眺めることができました。

坊やが体調不良のときに散歩をすすめましたが、多分、坊やが散歩に出かけた公園に行きました。

桜の季節には大学の友達と花見もしていたはずですが、この公園の桜も見たかしら。

そして、坊やが亡くなる前に過ごしたカフェに行きました。

坊やのインナーキャリングのポケットに入っていたレシートを見て、このカフェには行こうと思いました。

なぜこの店に来たのか。

友だち(?)と約束をしていたようだし、このカフェの近くに坊やが入社予定だった会社があって、その日にその会社へ行って写真を撮ったのが残っていました。

死にたくて死ぬんじゃないよね。

くまのお母さんは、そう思っているのです。

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(坊やが過ごしたカフェ)

 

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都会へ行こう

くまのお母さんは、3月で仕事を辞めてぶらぶらしています。

就活もしていますが、思うような仕事にご縁がありません。

昔の同僚から声をかけられて、5月からお勤めができるかもと思った求人は諸般の事情で無理でした。

ちょっとしたアルバイト?をしていて、それをきっかけに起業したいなと考えるのですが、社会保険のあるお勤めをしたいという気持ちも強いです。

もっとも思い切って起業とは行かないまでも、フリーで仕事して稼げたらいいわけです。

条件を選ばなければ、お勤めはあるんですけどね…

 

さて、せっかくの自由な時間です。

くまのお母さんは、お得な切符を買って都会へ行くことにしました。

ここ1年間は、都会へ行く用事がなかったし、仕事で余裕もなかったのですが、坊やの1周忌にお墓参りに来てくれた坊やの大学の先輩たちから坊やが行きつけだったお店を聞いたので、都会へ行って坊やが過ごした場所に行ってみようかなと思います。

都会に慣れていないくまのお母さんなので、行けそうなところを選んで行こうと思います。

本屋さんやカフェ、カレー屋さん、公園、神社…

くまのお母さんが知らなかった坊やの思い出巡りができるかな。

 

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苦労の数だけ喜びになって

くまのお母さんは、シングルマザーでした。

過去形っていうのがツラいところ…

www.buzzfeed.com

くまのお母さんは、このイラスト(漫画)のように毎日毎日がんばって子育てしていました。

坊やは赤ちゃんの頃から繊細でよく泣き、3歳になるまでくまのお母さんにしがみついているような子でした。

くまのお母さんは、どうして坊やは他の子たちのように走り回ったり、じゃれ合うような遊びを好まないんだろうと思っていました。

でもいつかきっと楽になると信じて、くまのお母さんは坊やを抱っこしたり背負ったりして育てました。

養育費もなくくまのお母さんは非正規の仕事しかできなかったので、坊やの教育にはお金をかけられませんでした。

でもお金がなくても教育は重要だと思っていたので、気を使いました。

おかげで坊やが中学生の頃に英検準2級を取れて、パソコンも使いこなせるようになっていました。

相変わらず繊細で、いじめられた感じを持って学校生活を送ることがあったようですが、担任やスクールカウンセラーに相談しながら乗り切ってきました。

県下一の進学校に入学して、都会の国立大学に現役合格して晴れて大学生になり、よいお友達や先輩に恵まれて、坊やが幼稚園から大学までの間で一番、大学時代が楽しかったんじゃないかなとくまのお母さんは思います。

「苦労の数だけ喜びになって…きっと戻ってくる」

とくまのお母さんも信じていました。

だけど、喜び以上の悲しみがやってくるとは予想できませんでした。

つらいことを乗り越えられると考えていたのは、くまのお母さんだけだったのでしょうか。

くまのお母さんが離婚しようと思ったのは、くまのお父さんのひどいモラハラで、このままでは坊やに悪影響があると思ったのです。

離れてしまえば安心だと思ったのですが、くまのお父さんは就活中の坊やに不適切な介入をしていて、他にも人間関係で直接的なきっかけはあったようですが、坊やのメンタル不調に拍車をかけた、そもそもの原因はくまのお父さんの不適切な養育態度だとくまのお母さんは思っています。

離婚しただけではダメだったのか、坊やはくまのお父さんを毒親と切り捨てることができなかったのかとくまのお母さんは思います。

繊細すぎた坊やをどうしたらよかったのかなと思います。

くまの母さんはよかれと思うことはやってきたので、今は、ただただ坊やの供養をしながら生きていくしかないのでしょう。

 

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弔電

くまのお母さんの同級生のご主人が亡くなりました。

学校の校長先生だったので、新聞の片隅の人事異動の記事で見つけました。

先生方の人事異動情報はとっくに出ていましたので、急遽、追加の人事異動になったということです。

くまのお母さんは坊やが亡くなってからというもの、誰かが急に亡くなると

自死かしら?」

とまず考えてしまうのです。

自分と同じ境遇の人をサーチしてしまうんですね。

だけどいちいち確認はしません。

件の同級生のご主人も突然亡くなったそうだと、同級生のひつじさんから聞きました。

くも膜下出血だったそうです。

くまのお母さんは、ひつじさんに坊やが亡くなったことは知らせましたが、死因は知らせていません。

病気や事故ならば、言うのかもしれないなと思いました。

自死に対する差別があると聞きますが、くまのお母さん自身が坊やが自死であることを公表できないうちは、根本的に同じものがあるのかもしれません。

もちろん、くまのお母さんが信頼する人たちには、坊やが自死であることを言ってますけれど。

ひつじさんは、坊やが亡くなったことを聞いたもののお悔やみに来れていないことを詫びていました。

気にしていたんだよって言いました。

みんな公私ともに忙しさに紛れて、同級生との再会は同業者でなければ、誰かが亡くなった時しか集まらなくなってしまいました。

だから、気にかけてくれるだけでありがたいとくまのお母さんは思います。

くまのお母さんは、ひつじさんに同級生のご主人の葬儀会場を教えてもらい、弔電を打ちました。

ひつじさんは、くまのお母さんが新聞で同級生のご主人が亡くなったことを知ったと聞いて関心(?)していました。

少しでも慰めになればいいなと思うくまのお母さんです。

 

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特別学位記

(今日はくまのお母さんはいません。)

熊本地震で亡くなった大学生に特別学位記が送られたとのこと。

中学生で自死した生徒にも番号がない卒業証書が送られたというニュースを目にします。

卒業って一つの区切りにもなるわけですが、息子は大学4年で亡くなったけれど、特別学位記授与とかいう話はありませんでした。

学長からお悔やみの手紙をいただきましたが、普段もそういう対応をしているのでしょうか。

ちょうど、軽井沢スキーバス転落事故もあり、息子の大学の学生さんも亡くなったので、一緒に対応したのかなと思ったりもします。

病気で亡くなった学生に特別学位記を授与したりするでしょうか。

ケースバイケースかもしれませんが、どうなっているのだろうと考えます。

親にしてみれば我が子を亡くした悲しみというのは変わりないものだと思います。

どんな理由であっても我が子がいなくなった事実が確かなことです。

息子の場合は卒業アルバムの個人写真を撮影していて、大学生協からそのことを教えてもらい、卒業アルバムを購入できました。

形が残ることって、遺族にとっては大切なことだなと思います。

www.huffingtonpost.jp

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カミングアウト

くまのお母さんは、あるところで昔の職場の上司に会いました。

その方は何年か前に定年退職されましたが、まだ仕送りが必要なお子さんがいるのだとか。

その流れで坊やにも一度会ったことがある昔の上司は、くまのお母さんに坊やがどうしてるかを聞いてきました。

亡くなりましたと答えると「ごめんね。」と昔の上司は謝りました。

もう、そういうやり取りはこれから避けることはできないので、仕方ないと思いますが、くまのお母さん自ら坊やが亡くなったことを言うのは、なかなか難しいなと思います。

そして、SNSで知ったお茶会にも興味が湧いて参加してみました。

妊婦さんやママさんの集まりだったので、つい、くまのお母さんも坊やの出産体験などをチラッとしゃべってしまいましたので、ここでも坊やは亡くなったということをカミングアウトする羽目になりました…

くまのお母さんの以前の同僚で、家族の話を一切しない方がいました。

(ご主人と娘さんが二人いるんですが)

そこまで割り切れればいいんですが、自己開示も必要な時があるよねってくまのお母さんは思います。

話したくないときは話さない、話してみたいときは話す。

その後の自分の気持ちは必要ならコントロールしていけばいいのでしょう。

坊やが存在していたことを知っていてほしい、覚えておいてほしいとくまのお母さんは思うのです。

二十歳の原点」の本をくまのお母さんの同級生のたぬきさんが働く部署へ寄贈しました。

大学生が多く訪れるところなので、誰かに読んでほしいなと思うのです。

二十歳の原点」の著者に坊やと似たような雰囲気を感じるくまのお母さんとしては、たぬきさんにもくまのお母さんが言いにくい思いをそれとなく汲んでほしいなと思ったりもするのです。

くまのお母さんが学生時代に愛読していたと言うと、たぬきさんは

「へー、イメージと違うねぇ。」

と言い

「読んでみてから図書コーナーに置かせてもらうね。」

と言いました。

今月末で退職するくまのお母さんの置き土産です。

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