くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

いらなくなったもの

ameblo.jp

(今日はくまのお母さんはいません。)

いらないものを後生大事にとっておくのは、なくなると不安だからかな?

そういうものに囲まれて生き抜いた日々が当たり前の毎日で、当たり前がありがたいということは、捨てることは罰当たりみたいな感覚になるのかもしれない。

でも新しい習慣を身につけると幸せになれるのならば、捨てることに納得して、捨てるたびに気持ちが楽になるかもしれない。

ゆうきゆう先生の著書 「やりたいことを次々と実現する人の心理術」を読んで、ほんの少しでも行動することって大事だと思ったんだけど、行動できない時って、10秒でも1時間でも行動する意欲を出すには同じくらいのパワーが必要なのかもしれない。

それでも、一度、10秒行動することができたらあとはそれほどのパワーは必要なくなる。

行動している間はモヤモヤやくよくよを感じなくても済むので、それの積み重ねって結構大切なんだろう。

 

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生きていること、ありがとう

temita.jp

(今日はくまのお母さんはいません。)

天使のお兄ちゃんの作文、すごいなー。

妹が天使になったのは、誰のせいでもないよね。

そして、

「ぼくのあたりまえのまいにちは、ありがとうのまいにちなんだ。」

という一節。

いなくなって初めて実感することかもしれないよね。

パパやママだって多分そう思っているよね。

震災の大津波を知っているけれど、私は家族や親族や親しい人を津波で失っていない。

「当たり前の毎日はありがとうの毎日」だって、遺族にはならなかったけれど思い知ったはずだった。

自分の大切な人が亡くなることを想像できなかった。

当たり前の毎日のありがたさを痛感したはずだと思っていたんだ。

でも仕方ないこと。

大切な人が亡くなることが想像できたとしても、実際に亡くなったら悲しみは続いていくのだから。

 

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自殺者30%以上減少目指す

www3.nhk.or.jp

(今日はくまのお母さんはいません。)

「政府は25日、国の自殺対策の指針となる新たな「自殺総合対策大綱」を閣議決定し、人口10万人当たりの自殺者の人数を、今後10年間で30%以上減少させるという新たな目標を掲げて、対策を強化していくことになりました。」

NHKニュースより)

自死遺族としては、これ以上悲しむ人たちを増やしてはいけないと思いますが。

政府や厚生労働省は以前から自殺対策に取り組んでいますが。

私も職業柄、自殺対策関係の業務にも携わりましたし、自死遺族の分かち合いの会などの存在は知っていましたが。

我が子が亡くなったことが100%です。

我が子がなくなる前は、自殺対策は仕事の一環でしたから。

仕事とプライベートは別でしたから。

「うちの子に限って」と思っていましたから。

調子が悪いのはわかっていましたが、まさか亡くなるとは想定外でした。

というか想定したくなかったです。

直接、「死にたい」と私に言いませんでしたから。

自死遺族の方のブログを拝見していますと、遺族の方でも「死を選択する」という発想の方がいらっしゃるんだなと悲しく思います。

個人的には「命を大切にする」=「死を選択しない」ということと思います。

命を大切にしないから、自死したとは思えません。

「追い込まれた末の死」です。

生きたくても生きていられなかったのではないでしょうか。

 

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ずっと一緒

(今日はくまのお母さんはいません。)

我が子の月命日に、天満宮ヨモギ入りの梅ヶ枝餅を買って家族みんなで食べているという新聞記事を読みました。

菅原道真公と同じ命日だと知って、亡くなった当日、おじいちゃんがヨモギ入りの梅ヶ枝餅を買ってきてから、月命日に毎月25日だけ販売するヨモギ入りの梅ヶ枝餅を買って食べるそうです。

 

<一部引用>

2011年8月に生まれた三男・・君。肺が圧迫される病気で、人工呼吸器が欠かせず、生まれてからずっと病院の新生児集中治療室NICU)で育った。

 13年2月25日、1歳5カ月で亡くなった。

 「道真公の命日と同じ日だ」。祖父の○○さん(69)は、その日、梅ケ枝餅を買いに行った。初めて家に帰ってきた・・君の枕元に、そっと供えた。ヨモギ入りの餅だった。

 以来、月命日の25日に、家族で天満宮に足を運んでいる。

 みんなで餅を食べていると、自然と会話の中に・・君が登場する。

 「僕が抱っこした時に死んじゃったの。ヨモギ入りを食べると、その時の顔とか、思い出すよ」。草色の餅を見ながら、がつぶやいた。

 新しい思い出は、もう増えない。でも、毎月必ず、・・君を感じる時間がやって来る。みんな、それがうれしい。「25日は、・・ちゃんにかかわれる日」 

<引用終わり>

 

「新しい思い出はもう増えない。」

そうなんだよなぁ。

それって、死に別れではなくても二度と会えなくなった人の新しい思い出も増えないということだよなぁと、ふと思いました。

二度と会えなくてもどこかで生きているという希望があるのとないのとでは違います。

二度と会えないことと死に別れたことは、本質的に違うんだと実感しています。

digital.asahi.com

 

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トートバッグ

くまのお母さんはお祭りの踊りの練習に行きました。

坊やのトートバッグにクリアファイルに入れたプリントなどを突っ込んで。

若い子に

「素敵なバッグですね♪」

と言われてハッとしました。

ただ、使いやすいからと思ってこのトートバッグを選んだのであって。

坊やの好きなバンドのライブグッズなんだけど、くまのお母さんはそれに気がついていませんでした。

「坊やの遺品なの。」

とか説明するのが気乗りしなくて

「○○っていうバンドのだよ〜。」

というのが精一杯でした。

坊やはこのトートバッグをライブ会場で買ったのかな。

坊やがそのバンドのファンだったとか全然知らなかったくまのお母さんです。

 

北国も連日、暑さが厳しくてくまのお母さんにはツライ毎日でしたが、今日は大雨。

仏壇にお供えするお花もすぐ傷んでしまうので、最近は生花を飾っていません。

庭に切り花にして飾れそうな花を植えて楽しみたいなとも思うけれど、くまのお母さんは外仕事が苦手です。

何より暑さに弱くて困ります。

最近は気候が極端なので大変です。

今日もまとまりなく終わります。

 

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ツイッターのフォロワーさんからメッセージ

坊やのツイッターアカウントは複数あって、坊やが亡くなる数か月前からいわゆる本垢(リア垢)は更新しなくなっていましたが、いくつかの複垢は亡くなる直前まで更新していたようです。

ツイッターで親しくなったある女の子(大学生)とは本当に直前までやりとりしていたみたいでした。

リアルで会ったことはなかったようですが、随分と気は合ったようです。

彼女は坊やが亡くなったと思ってからネットで検索して、坊やが亡くなったことが書かれた記事(もちろん名前等の個人情報はない)を見つけていました。

もっとも、それが坊やのことかどうか彼女としては確認する術はありません。

しかし、頻繁にやりとりしていたのが急に途絶えたので、事実確認はできなくても彼女は坊やが亡くなったと思ったようです。

彼女も死にたいとか呟いたりODやったりしていましたけれど、大学卒業して就職してがんばっているようです。

ふと、坊やが彼女とつながっていたツイッターのアカウントのメッセージを見たら、5日前に彼女が坊やにメッセージを送っていました。

「もっと前からLINE交換とかしとけばよかったなあ」

坊やが亡くなって1年半経つけど、思い出してくれてありがとうとくまのお母さんは思います。

思わず返事を書きたくなりましたが、ぐっとこらえました。

だって、まさか親が亡き息子のスマホ見てるとか思わないでしょうし、自分とのやりとりとか見られたくないかもしれないですよね。

でも本当は彼女にお礼を言いたいし、お墓参りに来てもらえたらうれしい。

そして、彼女も色々つらいことがあるだろうけれど、どうかどうか生き抜いて欲しいとくまのお母さんは願うことを伝えたいです。

坊やの分も生き抜いてとまでは言いませんが…

 

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自分を責めない

くまのお母さんは、無職暮らし4か月目。

久しぶりのフルタイム勤務、何十年かぶりの残業で1年持たなかったので、お勤めのストレスから解放されてよかったのですが。

明日食べるご飯に困らない生活は今のところできるので、

「なにもしてない時間に、ぼっーとしている。そんな自分を責めずにいられる。」

ということを練習するにはちょうど良いのですね。

もちろん求職中ですが、なかなかいいご縁がありません。

起業の勉強もしようとセミナーに申し込んだりしています。

 

k-nali.hatenablog.com

それにしても

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自分を責めないってのは

 

・逃げない

・謝る

・責任取る

 

ってことです。

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ってどういうことでしょう。

もっと言うと、自死遺族が亡くなった家族に対して、

「私のせいで命を絶ったんだ。ごめんなさい。」

と自責感満載で日々過ごすこととは違うのでしょうか。

そのために

「悲しくてもいい。寂しくてもいい。」

にOKを出すと

「悲しさが消えていくし、寂しさが消えていく。」

そうすれば自分を責めないようになるということでしょうか。

くまのお母さんはそう読み取ったのですが。

「謝る」って誰に謝るのかな。

自分に?

まぁ、自分が気分良く過ごすことを大切にしたいと思うくまのお母さんです。

 

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