くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

時が過ぎる

坊やのスマホは何故かロックがかかってなくて、パスコード入れなくても見ることができました。

メールもSNSも見ることができましたが、メールはWebメールだったので、しばらくするとログインしないとメールの受信ができなくなってしまいました。

まぁ、メールはダイレクトメールみたいなのばかりだったのであまり気にしませんでしたが。

先日、坊やのスマホのLINEが使えなくなってしまいました。

坊やの携帯電話は亡くなって1か月くらいで解約したんです。

だから坊やが使っていた電話番号を今、誰かが使っていて、その人がLINEアカウントを作って、坊やのLINEの履歴を消す必要があったのでしょう。

LINEの履歴が消えてしまったのは、くまのお母さんにはショックでした。

仕方ないって言えば仕方ないですが。

坊やの生きていた証がなくなったということですから。

もちろん、くまのお母さんは坊やのLINEアカウントで誰かとやりとりするわけではありません。

もう3年も過ぎてしまったなぁという思いです。

 

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末永く生きる

孤独も絶望も憎しみも、消えてなくなることはなくとも、生きて生きて生き続ければ、きっと息子に再会できる。

くまのお母さんもそう思って、今日を生き続けます。

 

 

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18年前

なぜか2000年のカレンダーを見つけました。

くまのお母さんとくまのお父さんと坊やと3人で暮らしていた頃です。

坊やは小学1年生でした。

雑誌の付録の書き込み式カレンダーで、きっとキッチンで使ってたものです。

家族の予定がポツポツと書いてあります。

6月15日のところに坊やのたどたどしい文字が書かれていました。

初めは何て書いてあるか、くまのお母さんにはわかりませんでしたが、今また見てみると

「おじぎそう めがでる」

と読めました。

おじぎそうとか育てていたっけ?

完全に記憶にありません。

でも坊やが書きたかったんだな。

坊やが生きていた記録です。

くまのお母さんは坊やの歳を数えることは滅多にありませんが、坊やは24歳になります。

24歳の坊や。

何をしているのでしょうか。

坊やの同級生たちは、働いたり、再び大学生になったり、結婚したり、子どもができたり。

すべて坊やの人生にはなかったことです。

坊やのいない人生を生きているくまのお母さんは、また寂しいクリスマスを迎えます。

 

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無題

自死は選択ではない。

 

(500)日のサマー

くまのお母さんが車を運転していたとき、ラジオから

(500)日のサマー」というフレーズが聞こえました。

坊やが亡くなる直前に見た映画(DVD?)だったのです。

あらすじを読むと、主人公のトムがなんだか坊やによく似ていて切なくなるのです。

いつか見てみたいな。

坊やの大学の先輩が今年もお墓参りに来てくれました。

坊やと行ったレストランやカフェに一緒に行き、坊やの思い出話とか、坊やの先輩の仕事の話とかします。

そして坊やの先輩のお母さんは、くまのお母さんと同業だということを知って、色々と腑に落ちました。

くまのおじいちゃんは、また入院しました。

次から次へいろいろと病気になりますが、元気です。

でもくまのお母さんは疲れます。

 

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デパートの従業員になりたかった

坊やの就活は、百貨店が第一希望でした。

都会の大学生になって、急にオシャレに目覚めて、いろんなブランドの服や小物を買うようになりました。

人付き合いがあまり得意でないように思えた坊やなのですが、接客を仕事にしたいというので、くまのお母さんはびっくりしました。

くまのお母さんは、坊やに接客の仕事ができるのかしらと思いました。

でも百貨店といっても接客だけが仕事ではないわけで、バイヤーになるのが夢だったようです。

くまのお母さんはいつか坊やが勤めるデパートで、くまのお母さんのファッションコーディネートをしてもらうのが夢でした。

すると、今日聞いたラジオで、都会の某デパートで無料でファッションコーディネートをしてくれるというので、くまのお母さんは、坊やがやりたかった仕事だなぁと思って聞いていました。

ちなみに、その某デパートも坊やが応募して不採用だったところですが…

 

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