くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

坊やの知らない世界

くまのお母さんは、今を生きることを大事にしています。

今を生きるとは、坊やが現世に肉体として存在していないということを受け入れることです。

そもそも、坊やは都会の大学へ進学したので、くまのお母さんは坊やと離れて暮らしていました。

普段は坊やのご飯を作らないし、坊やの服の洗濯もしないということです。

でも1週間に1回は坊やと電話で話をしていました。

坊やはくまのお母さんになんでも話してくれると思っていました。

坊やに大学のカウンセラーへの相談やメンタルクリニックへの受診をすすめたのは、くまのお母さんだったのですし。

note.mu

このブログを読んで、どんなに手を尽くしても救えない命があるのだということを理解しました。

自殺予防?

できるものならやってみて。

死んだら予防できなかった?

死ななかったら予防できた?

N=1

それがすべてなんです。

坊やがいない現実。

でも坊やの匂いはするんですよ。

医学用語では、これを幻臭とか幻覚とかいうのかもしれない。

日常生活に支障がなければいいじゃないですか。

量子論パラレルワールドで理解できればいいと思ってるんですから。

 

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属性を考える

くまのお母さんの立ち位置を考えてみました。

ブログ村のカテゴリでは自死遺族に入っています。

自死遺族で亡くした家族は子どもです。

男の子で亡くなったのは大学生の頃です。

(結婚もしていませんでしたし、もちろんくまのお母さんの孫もいません。)

くまのお母さんには亡くなった坊やの他に子どもはいません。

離婚していて今は独身です。

くまのおじいちゃんとおばあちゃんと3人で暮らしています。

くまのお母さんは一人っ子です。

最初に自死遺族とするのか、子どもを亡くした母とするのかで、その後の自己開示の仕方が変わって来るのかしら、とふと思ったのです。

子どもを亡くした母が一番に来ると、病気で亡くなったか、事故で亡くなったか、災害で亡くなったか、事件で亡くなったか、自死か…と、なぜ亡くなったかという方向に目が行きます。

自死遺族ですと自己開示するのは、なかなか勇気がいることだとくまのお母さんは思います。

それはやはり世の中の偏見という言葉を恐れていることになるのでしょうか。

いじめやパワハラ長時間労働など、何かのせい、誰かのせいに全面的にしてしまって裁判で争うのであれば、また違って来るのかな。

くまのお母さんは坊やはある意味、病死だと思っているけど、それを論じる気力もないし、そうすることでメリットがあるとも思えません。

一番大事なことは、くまのお母さんの大切な一人息子が突然亡くなったという事実なのです。

 

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もっとも自分を大切にしない行動

また「とりあえず俺と踊ろう」のブログから。

psichiatra.blogspot.jp

「悩みを誰にも相談しないこと、助けを求めないこと」

それがもっとも自分を大切にしない行動と松本俊彦先生が著書で書いているとのことです。

くまのお母さんは不思議に思います。

坊やは悩みを複数の人に相談していたようだったのですが。

相談しても助けを求めても自分の問題が解決できなければだめだったんでしょうか。

 

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ある日突然に自殺して呆然となる

くまのお母さんの感覚。

psichiatra.blogspot.jp

このブログ記事を読んで、えーっていう感覚と、くまのお母さんはこのドクターの考え方はなじむなぁという思いになりました。

そもそも、自殺という言葉を知ってそれから自死という言葉を知ったので、いい悪いはさておき、なじみがある言葉は自殺です。

それは第三者としての立ち位置からの感覚で、自死遺族となった今ではまた違うのかもしれません。

言葉の使い方がどうこういうのは書きませんが、今日はこのブログ記事を読んで共感したことを書きます。

自殺への一線を超えるかどうか、それは誰にも分からないのだ。自殺させないように気をつけながら真剣に向き合っている精神科医でさえ、その患者がある日突然に自殺して呆然となることがある。それくらい、ある人が自殺するかどうかなんて分からないものだ。

 死にたい人すべてが死にたいアピールをするわけではありません。

言われなければわからないことはたくさんあると思います。

くまのお母さんは、昔、誰かに自分の気持ちを探られることをあからさまに拒否していた時期がありました。

悲しくても辛くても平気なふりをしていることで、自分を守れるような気もしていました。

坊やは色んな人に相談していたし、話をしていたし、くまのお母さんも認知行動療法をすすめたりと気にかけていました。

インフルエンザの予防接種をしてもインフルエンザにかかることがあるっていうのと似ているんでしょうか。

そう思うと何となく楽になるような気がするくまのお母さんです。

 

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エンディングノート

くまのお母さんは、今のことに意識を向けて暮らしたいと思うのです。

過去と未来に目を向けたくないのかもしれませんが、それでも坊やが生きていた過去と坊やがいない未来は考えざるを得ません。

坊やが生きていたらこうだったのにな、ああだったのになと思うことはあまりないのですが、くまのお母さんはこれから先は「天涯孤独」という身の上になるのかなと思うと心細いのです。

離婚しているし、一人っ子だし、坊やの他に子どもはいません。

自分が死んだ後のことを誰かに頼む必要があるのかしらと考えるのです。

世の中のおひとりさまはそこのところはどうするのでしょう。

今頃は親族がいても亡くなった人の引き取りなど断るケースも多いようです。

くまのお母さんには、いとこが大勢いますので、誰かと親しくしていればよかったのかもしれませんが。

元気なうちに老後の準備をしなくてはいけないなと考えるくまのお母さんです。

 

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自分のことばっかり考えてる

(今日はくまのお母さんはいません。)

心屋仁之助さんの今日のブログを読んで、「今」と「自分」というキーワードが浮かびました。

子どもがうつになったのは自分のせいではない。

うまくいかなくても治らなくても死んじゃっても大丈夫。

人が亡くなっても自分のことばかり考えてる。

自死は病死。

会えなくなった悲しみはいっぱい感じればいい。

ameblo.jp

だけど、止められるものならば全力で止めたいよね。

 

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謎の体調不良

くまのお母さんは今週、絶賛体調不良中です。

頭痛がしたけど1日様子を見て、夕方になって少しひどくなりました。

とりあえず夕ご飯を食べて、横になりました。

休んでいるのに頭痛はひどくなります。

痛み止めの薬を飲もうとしたら、家にある薬は使用期限が切れている始末…

あー、買ってこなくちゃーとくまのお母さんは思いましたが、その前に血圧を測ってみました。

うわっ!高い!最低血圧が3桁ですっ!

これは受診するレベルと思って、総合病院の救急外来に電話をかけて、出かける支度をしていたら、なんと吐いてしまいました。(涙)

何もストレス増加するようなことはないのに〜と思いました。

病院に行って、心電図とCT検査をして異常がないというのでひとまず安心。

血圧降下剤と鎮痛剤をもらって帰りました。

家に帰って血圧を測ると、何もしていないのに下がってる〜?!

なので、血圧の薬は飲まないでおきました。

次の日、血圧はいつも通りになりました。っていうか、いつもより低めです。不思議。

でも頭痛やいつもと違う肩こりや手足の冷えがあって、なんだか体調不良です。

とりあえず、マッサージに行ってきて楽になりました。

ところが、なんだか脈が速いのです。

その次の日は痰が絡んでいました。

くまのお母さんが風邪を引くときは、喉の痛みから始まるので、これはいつもの風邪っぴきとは違うと思いました。

頭痛はしなくなったし、血圧も低め安定です。

相変わらず脈が速いのが気になります。

寝る前に自律神経を整える音楽っていうのを聴いてみました。

その次の日、くまのお母さんはお仕事の日で休むわけには行かず、頑張りました。

ところが、夜寝てから熱が出てしまいました。

数時間で汗をかいて熱も下がって、これはやっぱり自律神経が暴走しているのかしらとくまのお母さんは思いました。

その次の日は、鼻風邪の症状でぐずぐずしています。←イマココ

脈はいっとき回復しましたが、また速くなってます。

ほんと、謎の体調不良だなぁとくまのお母さんは思います。

坊やも自律神経が不安定だったなぁとくまのお母さんは思い出しました。

都会の大学に行ってから、謎の発熱がよく出ていましたので。

難しいことは考えないで、とにかく楽になることだけ考えたいと思うくまのお母さんです。

 

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