(今日はくまのお母さんはいません。)
去年の毎日新聞「医療プレミア」の記事ですが、参考になったので記録のためにシェアします。
ゲートキーパー養成は国の「自殺対策」として行われている事業の一つです。
私は仕事でゲートキーパー養成に関わっていました。
「自殺対策」の仕事に携わっていたのに、我が子を亡くした悲しみに加え、自分のしてきたことが否定されたような気分になりました。
ゲートキーパー養成は何の役に立つのかわからないと思いました。
「言葉で止められる自殺と、言葉ではどうしても止められない自殺がある。」
これははっきりと言語化できていたらよかったと思っています。
ゲートキーパーは本当に入り口の入り口 でしかないということ。
自死の危機にある人に対して、傾聴だけでは止めることはできない、他人や専門機関に繋げるだけでも止めることはできない。
素人ができることは本当に限られています。
それでも死なないでほしいとあなたが死んだら悲しいと、伝わるようにしたいです。
本当に死にたい人は死にたいそぶりを見せないような気がします。
だから「じゃあまたね。」っていつものように別れてしまうのだと思います。
大切な人が死にたいと考えているなんて信じたくないのです。