くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

二十歳の原点、ふたたび

(今日はくまのお母さんはいません。)

1年以上前の日記にも書きましたが、高野悦子の「二十歳の原点」は私の好きな本でもありました。

そして、彼女が通った京都の大学にも憧れましたが、私立文系の大学など我が家ではまず経済的に進学先の選択肢にはありませんでした。

学歴コンプレックスを自称する私は、私の能力では進学不可能な大学の学生と仲良くなることがとても嬉しかったです。

昔はインターネットもなかったけど、自分の生活圏外の人と親しくなる術というものはあったわけです。

そして、息子の父親と結婚した理由の一つが、高野悦子と同じ大学の出身だったからで、あまりにも安易でした。

二十歳の原点」が好きなのは、自分が死にたくなるほど悩んだからではありません。

どんなときも私は死ぬという選択肢を持ったことはありません。

ただ、割とひとりぼっちで過ごすことは多かったのだと思います。

息子が生まれて育てて進学先を考えたとき、親より優秀だということが不思議であり誇らしくもあり、何より私の学歴コンプレックスを一掃させたのでした。

私が憧れたあんな大学にもこんな大学にも息子は合格してしまって、ただただ感心するしかありませんでした。

息子が死に至ったのは、家庭環境の影響が根深いからだと私は思っていて、高野悦子とはそこが明らかに違うのだろうと思っています。

でも死に至る経緯が所々、似通っているようにも思い、息子に「二十歳の原点」を読ませたかったなぁと思います。

死にたいと思っていても、どこかに生きる希望を見いだすことができれば。

親や周りの人が悲しむから死なないでというのは、死にたい人には響かないんじゃないかと思います。

悲しむかどうかなんて、死んでみないとわからないじゃないですか。

私はそう考えます。

 

bh.pid.nhk.or.jp

 

 

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