くまのお母さんの物語

一人息子を亡くした、くまのお母さんの物語(ナラティブ)です。

想いが溢れる3月

あれから6年モードの津波の被災地のローカル局のアナウンサーが

「想いが溢れる3月です。」

と言いました。

くまのお母さんにとって、生まれて初めてのエポックメイキングな出来事だった大津波(地元だけに阪神淡路大震災より自分ごとです。)は、もはや「あれから6年」という事実でしかなくなってしまった気がします。

坊やがこの世を去ったということが、くまのお母さんにとって重要なことです。

そして、6年前の津波でこの世を去った何万人もの方々のご遺族にとって、大切な人を亡くしたというそのことが重要なのだと思います。

東日本大震災は巨大地震により二つの災害をもたらしました。

津波原発事故です。

津波の被災地は、少しずつ復旧・復興に向かっています。

でも原発事故の被災地は津波で被災したところの復旧すらできません。

津波の被災地ではたくさんの人が亡くなりました。

でも原発事故が直接の原因で亡くなった人をくまのお母さんは知りません。

比べられる性質のものではないと思いますが、生きていることが重要だとしたら、自死遺族はどんなに辛くても自ら命を絶ってはいけないと思います。

死にたくなったときにどう対処するかが大切です。

折しも3月は国が定めた自殺対策強化月間です。

くまのお母さんは仕事柄、いわゆる自殺対策(国は自死という言い方はしません。遺族のことは自死遺族と言います。)の仕事にも携わって来ました。

それでも亡くなる人がいるのだという事実を目の当たりにして、ゲートキーパーとか傾聴とか本当に死にたい人には何の役にも立たないと思いました。

それらは本当に死にたくなる前に必要なことです。

そして、昨日はまた職場で自殺予防のニュースレターを社員に周知するお仕事をしてきましたよ。

「あ〜あ。」「やれやれ。」

と思いつつ、黙々とくまのお母さんは仕事をしました。

今の会社では誰もくまのお母さんが自死遺族だとは知りません。

くまのお母さんの隣の席の係長は、自死した社員の労災関係を担当していますが、労働基準監督署の手続きに必要な書類や関係者への聞き取りにとても時間がかかっています。

係長もご主人が10年ほど前に亡くなったと言いますが、なぜ亡くなったかとか聞けません。

なるべく地雷を踏まないように、くまのお母さんは歩いています。

 

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